2003年2月10日


〜 columnist's column 〜
  vol.1

ご覧の通りホームページを一新致しました。もちろん、以前のものに対してもご覧いただいた方々からたくさんのご意見・ご教授を頂戴しましたし、そこから更に営業活動に繋がる場面も数々ありました。皆様には感謝に耐えません。

送って下さるメールの中に「スタッフの顔が見えない」「堅苦しいイメージがつきまとう」とのご意見が散見され、気にはなっておりました。ご覧いただいた方に更にご興味を持っていただけるものを作っておったつもりでありますし、現に有力な情報受発信メディアとしての手ごたえを多少なりとは感じておりましたが、上の様なご意見をいただくにつれ、ホームページ改造の必要性をふつふつと思う様になりました。他社ホームページを参考にしたり、作成業者さんのご提案をお聞きしたりしながら今回の仕様とすることに致しました。

手紙でいえば「親愛なる・・・」の部分として、このコラム欄やトピックス欄でリアルタイムに極く近い形での東洋硬化とそのスタッフを、ご覧いただく皆様にアピールしていきたいと考えています。
前回のものに較べれば取っ付きやすいはずですが、目の肥えた皆様からすれば「まだまだ」な内容であるだろうことも想像に難くありません。ただ、少しでも親しんでいただけるものとするべく(ちょっとずつですが)改良もしていくつもりです。折りを見てこれら文章欄も更新していく予定ですので、ご感想などお寄せいただけるならば大変嬉しく思います。お待ちしています。

 
 
株式会社東洋硬化 専務取締役 小野賢太郎

 
2004年8月13日


〜 columnist's column 〜
  vol.2

 4月下旬に用務でミャンマーへ行った。この国には3つの季節があるという。6月から10月までの雨季、11月から3月までの乾季、4月と5月は暑季と言うらしい。
 遅い午後、香港発のミャンマー航空機でヤンゴン国際空港に降り立つ。日本でならさしずめ昭和30年代後半あたりを彷彿とさせる古めかしい趣のターミナルビルである。入国審査を終え、エアコンエリアから外れた途端、凄まじい熱気に包まれる。聞けば、摂氏41度であるとのこと。しかも、既に昼日中のピーク温度からはかなり下がってきているらしい。湿度は日本で日頃体験しているものより若干低めには感じたが、気温との相乗効果もあり、やはり体感的には我々には未体験のものだ。暑季との名に違えない。
  空港からヤンゴン街中までは車で30分ほどかかるとのこと。早速、ターミナルビル前に行列を作っているタクシーに乗り込もうとして、ある事実に気づく。
  かなりの年季が入った日本製中古車ばかりがずらりと並んでいる。そうとうに古い年式のカローラやサニーやギャラン、ファミリアもある。あちらに佇んでいるのはもしかしてパブリカ?! ボディーが凹み、窓ガラスがなくなっている車も多いが、毅然と現役を名乗っていることには違いない。
  意を決して目の前のサニーに乗り込む。運転手がすかさず聞いてくる。「ニホンジン デスカ?」   トルコ・フィンランドと並んで世界3大親日国と言われる(誰が言ったんだろう?)この国では、ただの若造の日本人にも、非常にフレンドリーだ。片言の日本語だけでは意志の疎通に事欠くので、私と連れの乏しい英語で運転手と会話する。
  日本から輸入する中古車の性能が素晴らしいこと、日本人は車の定期整備をきちんとやっているので、日本人が乗っていた日本車は中古車市場で特によい値がつくこと、新車としてもここミャンマーではベンツEシリーズよりクラウンやセドリックの方が人気があること、日本車ディーラーがもっとたくさんあれば良いと思っていること、乗合バスでさえ日本からの中古車ばかりが採用されていること、勿論、自動車ばかりでなく工業製品全てにおいて日本製には絶大な信用があること、など聞いている限りでは褒められすぎて臀部と背中がむずむずしてくる内容ばかりである。
  たどだとしい英語で会話しているうちにヤンゴン市内に入ってくる。夕刻の仕事帰りの人々がバス停に溢れている。そこへ乗合バスが入ってくる。見覚えのある塗装である。連れが言う。「京都市営バスだぞ!」
  なるほど横腹にその通り記載されたままである。その後ろから赤系の塗装を施された別のバスが続く。吹田市出身の連れが言う。「今度は大阪市営バスだ」
  更にその後ろに姫路市営バスの文字が見えた段階であることに気が付いた。
  この国では車は右側通行である。日本からの中古バスの乗降口は、当然のことながら進行方向に向かって左側についており、乗客はバスの前か後ろを一度道路の反対側に回り込んでから乗り降りしなければならないのだ。右側通行の国から中古バスを輸入すればこんな不便は生じないのだが、前述の諸理由から、左側通行用の日本のバスをわざわざ使用しているのだ、と運転手は言っている。
  薄暮の熱気の中、これら乗合バスと中古日本車・日本製バイクの大群の中を、ヤンゴン中央駅に向かって我々を乗せたタクシーは進んだ。

  我々はこれ程に信頼され、信用され、評価されている。数十年も前からの、ことによったら百年以上前からの先達の努力により、これらのものを勝ち得ている。
  翻って私たちは、我々の世代は、次代にこれら評価に上乗せした付加価値を受け渡し終えることができるのだろうか? 後世の歴史家の批評に耐える行状であるのか否か、自問自答していかねばならないと思う。

  三菱自動車・三菱ふそうの大規模クレームがマスコミを賑わす数週間前のことである。



 
 
株式会社東洋硬化 専務取締役 小野賢太郎

 
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